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   いま会社を直撃しているオフィス革命とは       
   

   
                                                         『朝日ジャーナル』 23巻23号 1981年                                                         
   

 『S家の一日 1990年5月21日』.という小冊子が昨年末に刊行された。これは産業構造審議会情報産業部会の資料であるが、この種の文書としては型やぶりの未来小説に仕立てられている。ここには、テレピジョン会議や自動翻訳機などが活躍するオフィスの未来像が紹介されている。
 しかも、こうしたオフィスは現実に到来しつつあるかのようにみえる。「オフィス革命」などという刺激的な言葉が、いまやためらいもなしに使われるようになった。
 ただし、気になることがある。オフィス革命というものを、だれが、どんな目的で、どのように投資して構築していくのか。これが不明なことだ。『S家の一日』にも言及がない。ここを考えてみるのがこの小論の狙いである。
   
● さまざまの道具
 オフィス革命とはオフィスの電子化を徹底しようとするものだ。オフィス内にマイクロゴンピューターをばらまき、これらを通信網でからめる。
 マイクロコンピュータの役割は、オフィスにある事務機器類、たとえば複写機やファクシミリやタイプライターに「知能」を付加することにある。この知能によって、事務機器類はさらに自動化し 人間の雑用を肩代わりするようになる。代表例にワードプロセッサーがある。これは模範文例集を前もって記憶しているタイプライターである。タイピストは文例を選択し編集し訂正するだけでよい。あとは自動的に文章が印字される。 さらに注目すべきことは、マイクロコンピュータがそれ自体で高い計算能力を持っていることだ。10年まえのミニコンピュータなみだ。だが値段は1割になってしまった。個人に支給できる値段だ。こうしてパーソナル・コンピュータというものが現れた。
 この傾向は、規模が上のコンピュータについてもいえる。現在のミニコンピーは10年前の中型コンピュータの性能をその1割の価格で実現している。これは小企業でも購入できる価格だ。そこで業種別の専用ソフトウエア付きの事務用ミニコンピュータが出現した。開業医用とかガソリンスタンド用とかの形容詞付きで売り出されているオフィス・コンピュータが、これである。
 こうしてオフィスにばらまかれる事務機器群と小型、超小型のコンピュータ群とは、企業内における情報処理の多様化と個性化とを進める。
 いっぽう、通信荊の役割は、これらの事務機器群と小型、超小型コンピュータ群とを企業の中央にある大型コンピュータと結びつけることだ。このとき、企業内のあらゆる種類の情報は、遠隔地にあるものを含めて、集中的に管理され、各層のオフィス要員によって共同利用される。
 企業内の情報は、このように、一方では多様化し個性化し、他方では集中化され共用化される。これを、あるいはオフィス・オートメーションと呼び、あるいはオフィス革命と称するわけだ。
   
● 技術の背景
 オフィス革命を支えるものは、コンピュータ技術と通信技術との発達である。いずれも目ざましい発展をとげているが、その進み方はやや異なる。それは、コンピュータの方は私的競争の産物であり進歩が奔放ともいえるのに対し、通信の方は公共財であり進歩が既存システムと折りあいながらなされる、ということだ。
 まず、コンピュータについてみよう。この分野の進歩は、つまりはコンピュータ部品であるIC(集積回路)のそれにもとづいている。ICとは多数の素子をもつ電子回路をシリコンの小片に詰めこんだものだ。この詰め方が密なほど、つまり集積度が高いほど、ICの性能は増大する。この集積度は毎年2倍の割合で増えつつある(ムーアの法則)。もう20年も続いている。こうしてICはLSI(大規模集積回路)となり、さらに超LSIへと進んでいる。LSIとは素子の数が1,000以上のもの、超LSIとは10万以上のものを指す。
 ICのもうひとつの特長はこれが著しい量産効果をもっていることだ。はじめの1個の費用は10万ドルかかるが、2個目からは5セントがかかるだけだなどといわれる。つまり、装置工業の製品なのである。そこで、ゆるがせにできない点は、いかにして大量の需要を確保するかということだ。
 ICの進歩は、このように、一方では高集積化への技術的成果をふまえ、他方では量産化への営業的達成にたよりながら、実現してきた。その到達点がマイクロコンピュータということになる。
 マイクロコンピュータとは、1個ないし数個のLSIを組み合わせたものだ。そもそもは電卓用として開発された。この電卓が大きな市場を約束し、マイクロコンピュータの出現をうながした。マイクロコンピュータは絵空事としか思えぬような高い性能対価格比を現実のものとした。
 つぎに、通信網についてみよう。この分野においても、さらに多量の情報をさらに安い費用で送るような技術開発がなされている。たとえば衛星通信がある。またコンピュータになじみやすいデジタル通信網も実用化されつつある。光ファイバーによる映像の送受も実験中である。だが、いっぱんのユーザーから見ると、主要な通信網としては、まだまだ在来の電話網が続くであろう。
   
● メーカーの立場
 コンピュータ市場ではガリヴァ型の支配が行われている。IBM社が圧倒的な優位を占めているわけだ。ただし正確にいえば、IBM社の主要製品は汎用コンピュータ(従来、コンピュータといえばこれを指した)であり、主な顧客は『フォーチュン』誌の長者番付に載るような大企業であった。
 だが、IBM社の持たぬ商品をIBM社の顧客以外に売りこもうと考えた企業があった。この発想ではじめに成功したのはミニコンピュータを商品化したDEC社であった。この方向をさらに進めたのがマイクロコンピュータを開発したインテル社であった。さらにパーソナル・コンピュータのメーカーが続いた。いずれの会社も、商品の小型化と低価格化とによって顧客の大衆化をはかったわけだ。  マイクロコンピュータは、さきに紹介したように、在来の商品に組みこんで、そこに知能という付加価値をもたせることができる。このためにはソフトウエアの開発能力さえ待てばよい。こうした事情で、「小屋がけ産業」とか「台所プログラマー」とかいわれるものが、この業界にひしめくようになった。
 当然のことながら、在来のコンピュータ・メーカーや事務機器メーガーがこれを見逃すはずがない。かれらもまたバーソナル・コンピュータや事務機器の知能化製品の市場へと参入してきた。
 とくにコンピューター・メーカーが積極的である。IBM社までがシアーズ・ローバックなどの販売網を通じてパーソナル・コンピュータを扱おうとしている。汎用コンピュータの分野では激しい性能競争と価格競争が行われており、この商品と顧客とにのみ頼っていたのではいっこうに売り上げ増を期待しえなくなったからである。
 かれらは新しい市場を求めて、小型コンピュータへ、端末の知能化へと進んだ。これが「分散処理」といわれる方式につながる。ついで小型コンピュータの、また事務機器の知能化へと転じた。これが「オフィス・オートメーショソ」と呼ばれるものになる。
 ここで市場の大きさを眺めてみよう。パーソナル・コンピュータの設置台数は、1978年に13万台、これが1983年に78万台になると予測されている.(IDC社)。日本では1979年に5万台という数字がある(電子工業振興協会)。この数字も急な増大が見込まれている。いっぽう従来型の汎用コンピュータの台数は、1978年のアメリカで5万8,000台(IDC社)、1980年の日本でも3万2,000台にすぎない(通産省)。こちらの伸びが5年間で2倍に達することはあるまい。パーソナル・コソピューターの大衆化は徹底するであろう。
   
● ユーザーの立場
 さて、ユーザーはこれまでオフィスの合理化に手を抜いてきたわけではない。企業は、オフィスの合理化について、情報システム部門という機能を制度化し、システム技術者という専門家を育成し、コンピュータという技術を駆使し、これらに長期にわたる投資を続けてきた。
 ただし、ユーザーが付き合ってきたものは汎用コンピュータであった・汎用コンピュータとは、いわば建屋だけあって生産設備のない工場であった。ユーザーは自分で生産設備を設計し製作し運転しなければならなかった。この生産設備に相当するものが、ソフトウエアまたはプログラムといわれるものであった。
 さらに、汎用コンピュータは高価なものであった。しかも、大型機ほど割安になるような価格体系をもっていた(グロシュの法則)。そこで、ユーザーは規模の効果を得るために、少数の大型コンピュータを導入し、その稼働率を上げることに心をくだいた。そのうえ、企業内の業務を集中し、これらを同時にコンピュータヘ詰めこむことに熱中した。
 ソフトウエアを生産するためにも、コンピュータの稼働率を上げるためにも、専門的技能が必要であった。こうして企業における情報システムの管理は、集権化専門化への道をたどった。そのあげく、いずれの企粟においても巨大な情報システムが構築された。
 情報システムの中では、多数のプログラムがジグソーパズルのようにからみあっている。しかも、このプログラムたるや、人間にとっては過度に単調な表現と過度に厳密な論理とをかね備えたものである。他人はおろか書いた当人でもしばらくすると読めなくなる。
 だが、企業は活動を続ける。社内の管理手順が変わり、社外との取引条件が変わる。これらがすべてプログラムの変更を引きおこす。からみあった読みにくいプログラムの変更は、たいへんな労働と時間とを要求する。情報システム部門はこのプログラム保守にかかりきりとなる。かれらは新規の業務が生じてもそれを消化しきれない。
 とすれば、新しい業務に対しては当事者が自分で対応しなければならない。つまり、システムのドゥ・イット・ユアセルフだ。このとき、オフィス・コンピュータやパーソナル・コンピュータが役立つようになった。
 もうひとつ。伝統的な巨大情報システムは全社横断的な業務を対象とした。オフィスの現場がもつ身辺雑事には見むきもしなかった。だが、こうした身辺雑事は、あるいはバベルの塔をなす書類として、あるいはクノッソスの迷路をつくる会議として、まだオフィスに残っている。ここでも、オフィス合理化のためのドウ・イット・ユアセルフが可能である。このとき、オフィス・オートメーション機器が利用を待っている。
 伝統的な巨大情報システムはすでに成熟期に達し、その投資に対する限界効用は低くなってしまった。しかし、部分最適化の余地は手つかずに残されている。このための費用の捻出はむしろ容易であろう。ユーザーにおける情報システムは、このようにして分散化へと誘導される。
   
● 社会的影響  コンピューターというものは、これまで限られたメーカーが提供し、選ばれたユーザーが使用してきた。マイクロコンピュータはこの既成秩序に大きな衝撃を与えるだろう。
 コンピュータには本質的に扱いにくいところがある。ソフトウエアがそれである。ソフトウエアは個人がつくり、無体物でおる。ソフトウエアに対する責任はすべてその作者に委ねられる。
 ソフトウエアは人間にとり、過度に単調な表現と過度に厳密な論理とを持つ為のであった。これを人間がひとりで書く。製品に瑕疵が潜んでいて当たり前というものである。つまり、ソフトウエアは本質的に欠陥商品でおる。
 ソフトウエアが個人のつくった無体物であるとすれば、その中身は第三者にとって容易にうかがうことができない。もし、ソフトウエアの作者に悪意があれば、不正を抑える手段は少ないであろう。
 ソフトウエアの作成には専門的な技能を要する。だが、限界生産費はただ同様であり、ひとたび完成してしまえばその複写は容易である。
 こうしたソフトウエアにかかる脅威を、従来は少数のメーカーとユーザーとが、専門家として協力しつつ、かろうじて持ちこたえてきた。マイクロコンピュータの大衆化は、ソフトウエアにかかわる不具合と不正とをいっきょに拡散することになろう。つまり、品質保証のないソフトウエアが、しかも海賊版が流通するようになる。すでに、本物1本につき2本半の海賊版が出回っているといわれるソフトウエア(マイクロソフト社)もある。さらに、マイクロコンピュータを電話線につなぎ、銀行のコンピュータに侵入を試みる不心得者も現れるだろう。現に、1,000ドルの装置(コモドール社)でそれをいともたやすく実行できるという記事が近着の『ビジネス・ウィーク』誌に載った。  しかし、もっとも大きい社会的影響は雇用に対するものであろう。この点についてはOECD(経済協力開発機構)がつとに警告を発している。イギリスでは事務職の25万人分の仕事がなくなるという試算(APPEX報告)があり、西ドイツでは25ないし30%減(シーメンス社報告)、フランスでも30%減(ノラ・マンク報告)という推定がある。だが、日本における見通しは、アメリカもそうであるが、明るい(猪瀬委員会報告)。
 とはいうものの、私たちはなお慎重である必要があろう。マイクロコンピュータ応用製品は2万6,000種あるという予測(フロスト・サリヴアン社)もあり、私たちはその可能性のすべてを検討しつくしたわけではないからである。

   
    名和小太郎   書評の背景(2)  
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