doc4

   
   納税者番号制度にかんする思考実験   
   

   
                                                    『ビジネス・コミュニケーション』 25巻10号 1988年 
   

納税者番号というものが話題になっている。財テクに狂奔している人の収入を税務署は把捉しにくい。それをなんとか掴まえたい。そうしないと、真面目に納税している人と不公平になる。だから、国民一人びとりに背番号を付け、金融取引と名のつくものはすべてその番号で申告してもらおう。これが主旨のようだ。
 かつて、国民総背番号制度というものが話題になったことがあった。このときには、労働組合などいずれかといえば反体制側の人々が強い反対をした。その結果、このシステムは国民の合意が得られるまでは凍結させる、といったことになったはずだ。その必要性を、いまや組合や消費者団体の方が積極的に主張するようになった。世の中、変わったものである。
 私は、もともと金融取引とは縁のない世界にいることもあり、いわんや税制などというものには通り一遍の興味しかもっていなかったので、高見の見物をきめこんでいた。ところが某月某日、某官庁から突然お声がかかり、納税者番号制度について概念設計せよ、といわれたので仰天した(注)。
 現時点では、この制度についてシカとした青写真があるわけではないようだ。青写真のないものにどうして可否など答えられるか、と言いかけたら、米国に見本がありますという。ということで分厚いマニュアルをあわてて俄勉強するハメになった。  俄勉強の成果は、しょせんは俄勉強の域をでなかった。だから、それをここでひけらかすことは差し控えたい。だが、そのときに心に浮かんだよしなしごとについては、ちょっとしゃべってみたい。
   
 まず、納税者の数はいくらか、ということになる。最大1億、と考えてよいだろう。ということになれば、問題は、この1億個のデータをきちんと揃えることができるか、ということからはじまる。
 まず税務署は、国民の全体にアクセスを求めなければならない。そして、各人に番号を振らなければならない。問題は、その国民の一人びとりが、税務署の呼び出しに快く応じるかどうか、ということだ。まず、逃げまわる。せいぜい無関心を装う、といったところだろう。  マル優のときには、アクセス(登録)をすればその人に、税務署はメリットを与えた。だが、こんどはアクセスしてもなんの恩典もない。むしろ損をするようになるかもしれない。そんなアクセスを、だれが手間暇かけてするだろう。しかも、マル優のときには税務署は希望者のみにアクセスを求めればよかった。だが、今度は全国民悉皆にアクセスを強制させる必要がある。
 もう一つ、人間はやたらに引っ越しする。これを克明に追いかけることが、一体、簡単にできるだろうか。個人信用情報機関の人に聞くと、このへんの追いかけっこは、けっこうコストがかかるし、しかも取りこぼしがあるようだ。はっきりいえば、間尺にあわない仕事のようだ。
 とすれば、このような番号を国民の一人びとりに振るためには、強制力とともに恩典を添えることが絶対に必要である、ということになろう。それには、年金とか保険とかの番号と抱き合わせることが、当面、考えうる一つの方向となろう。
   
 ということで、この番号の入力が可能になったとしよう。とすれば、つぎは最大1億人のデータベースを作成することである。それを名寄せして運用できるような姿に仕上げることである。このへんについては、いまのコンピュータ技術で、まあ、なんとかこなせるのではないか。
 ハードウェアについては、単一のシステムで間に合わなければ、複合すればよいだろう。ソフトウェアにしても、分類・併合という至極単純なアルゴリズムですむはずである。入力作業にしても、分散処理すれば、短期間でケリがつくはずである。名寄せにしても、どんな情報をキーにすればよいか、大銀行が充分のノウハウをもっているはずである。
 だが、話は、ここでやっと出発点にたったにすぎない。問題はこのようにしてできた納税者番号データベースをどのように使いこんでいくか、ということだろう。
   
 この納税者番号データベースをもつセンター(以下、センターと呼ぼう)は、銀行をはじめたくさんの金融機関から、個々の顧客ごとの取引状態について情報申告書を取りたて、これを1枚づつ照合しなければならない。だが、ここがたいへんだ。
 まず、金融機関の数がやたらと多い。5,500くらいはあるようだ。問題は、これらの金融機関が、それぞれの顧客の取引について、名寄をして整理したファイルをセンターに送りこんでくれるのかな、ということである。
 たぶん、1人の顧客だからといって、1つの取引機関に総合口座の通帳を1つしかもっていない、とはいえないだろう。いろいろな金融商品について、しかも繰り返し取引しているはずである。金融取引に熱心な顧客ほど、その種類と回数は増大するだろう。これを、顧客ごとに、1枚の申告書として整理することができるのかどうか、けっこう面倒なことだろう。
 もう一つ。金融機関は、その窓口で顧客が取引するたびに、その番号を確認しなければならない。それをどうするのか。国民の一人びとりに納税者番号カードといったものを携行させるのか。これも、けっこう面倒な事務手続きになるはずだ。
 とにかく、顧客別の申告書がかりにできたとしようか。そして、これがセンターに集積されるとしようか。だが、これを年度末の3月に纏めて送りこまれてもセンターは困るだろう。5,500の金融機関の一つひとつから膨大なファイルを一度に届けられたら、いくらセンターの処理性能が抜群であっても、それは間違いなくパンクしてしまうにちがいない。
 とすれば、この締め切りを分割するとか、ずらすとかいうことになろう。銀行、証券会社、保険会社の締めを順ぐりに3ヵ月ごとに回すとか。しかし、締めを分割すれば、当然のことながらデータ数は増える。痛しかゆしというところか。
   
 しかしこの障害も、システム屋の叡知によってのりこえられたとしよう。あとになにが残るか。このさきは、税務署の判断となる。たとえば、配偶者同士の所得は同一とみなすのかどうか。親子ではどうか。このようなクロス・リファレンスをどこまでとっていくのか、ということになる。このところの匙加減によって、データ処理やソフトウェアは、とたんにややこしくなる。米国のシステムでは、ここを配偶者まで含めているようである。ということは、さかのぼって、納税者データベースのデータ・フォーマットのなかに、配偶者の番号まであわせて登録しておくということになる。
 ということで、プライバシー論議にまったく触れないとしても、この話はけっこうややこしい問題になるようだ。以上が、納税者番号制度にかかわる素人談義。
   
(注)この出力は「納税者番号制度に関する検討の概要」(国税庁 1988年9月26日)の基礎資料となった。なお、「概要」の要約は石村耕治『納税者番号制とプライバシー』(中央経済社 1990年)の巻末にある。                   

   
    名和小太郎   書評の背景(4)                              トップペ−ジへ   「書評の背景」リストへ   次へ