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   「躾けのよいアナーキズム」から「デジタル・ゴールド・ラッシュ」へ   
   

   
                                                    『アエラ ムック』 7号 1995年 
   

● 躾けのよいアナーキズムの時代
 1994年12月末、マサチューセッツの連邦地方裁判所は「この裁判は新しいワインを古いボトルに入れることができるかどうかについて論争を起こした」という文章ではじまる判決を下した。原告は米国政府、被告はディビッド・ラマッキアという21歳のMIT学生だった。  ラマッキアはなにをしたのか。ちょうど1年前、MITのワークステーションを使い、著作権をもつソフトウエアに対して不法コピーと不法頒布ができる国際的規模のシステムを作り、ほぼ1カ月にわたり運用していたのだ。かれは仮名を使って「北極星」という名のBBSを二つ作り、友人に「第一北極星」へエクセル、ワードパーフェクト、シムシティといった業務用やゲーム用のソフトウエアをアップロード(コンピュータに送りこむ)させ、それを自分の手でこっそり「第二北極星」に転送し、「第二北極星」をインターネットに接続し、ユーザーがダウンロード(コンピュータから取りだす)できるようにしたのだ。「第二北極星」はフリー・ソフトウエアを探しまわっている大学の研究者などの注意をひき、ここに世界中のユーザーからアクセスが殺到した。ソフトウエア業界は100万ドルをこえる著作権侵害を受けたと騒ぎたてた。FBIが捜査に乗りだし、ラマッキアの行為が発覚した。ただしラマッキアは自分自身はソフトウエアを一つもダウンロードしなかったし、またユーザーから報酬を1セントたりとも受けとっていなかった。
 話があとさきになったが、ここでインターネットについて少々説明をしておこう。これは電子メールとデータベースのコピーをするのに非常に便利な仕掛けをもったコンピュータ・ネットワークである。もともとは米国国防省が冷戦時代に、水爆戦が生じても、生き残ったコンピュータがあればとこからでも使えるようにと開発したアーパネットというコンピュータ・ネットワークだった。(私事にわたるが、私はアーパネットのコピーを1970年代前半に日本で作ったことがある(資料1 資料2)。いまでいうVANの走りだったが、オイル・クライシスによる資金難と旧電気通信法による規制に阻まれて、維持することができなかった)。米国政府は軍事研究の相当部分を大学や民間の研究所に委託するのが慣行となっているが、このネットワークはそうした研究者にも開放された。このアーパネットは1980年代なかばにNSF(全米科学財団)に管轄が移され、インターネットと改名された。NSFはオカネだけ出して運用は研究者にまかせていたので、友達の友達は友達だ、という発想でインターネットのユーザーはどんどん増えた。この「公的資金+ボランティア」という方式の通信システムは、FCC(連邦通信委員会)の規制でがんじがらめになっているコモンキャリア(例、AT&T)の運用する商用ネットワークとは違う自由さをもっていたので、いつの間にか企業ユーザーもちゃっかり入りこむようになった。参考のために、インターネットと商用ネットワークとの違いを表形式に整理したものを示しておこう。
 とうぜんながら、議会から「国民の税金で作ったものを私企業が使うのはいかがなものか」という意見が出た。そこでNSFは「使用許可規定」というルールを作って「開放的な研究と教育のための利用であれば営利企業であっても使用を認める」ということにした。だが、このルール自体があいまいなために、パソコンの新製品情報は広告ではなく研究情報であるといった調子になり、そのうえインターネット自体も分散管理(友達の友達方式)であったために、かりに違反者がいてもそれを取り締まる監督者が不在であり、実状はオカネの決済以外ならば「使用許可規定」を充たすということになってしまった。その結果、インターネットは骨格部分にNSFのネットワークがあり、これにたくさんのキャンパス・ネットワークや商用ネットワークが繋がる形になってしまった。つまり、インターネットはネットワークのネットワークになった。
 「インターネットは商店街と公民館と郵便局がくっついてできた小都市のタウン・スクエアのようなものだ。ただし警察署はない」。こう「ユニックス・ワールド」が紹介していたが、これに私が余計なコメントを付けるとつぎのようになる。タウン・スクエアだからだれでも入って利用できる。商店街は市場原理で動き、公民館は公共サービスを行う。その結果を郵便局が他の小都市のタウン・スクエアと繋いでくれる。警察がないのは住民が性善説の信者だけだということだ。それが証拠に、インターネットの愛好者は「躾けのよいアナーキズム」があるといっている。
 話をラマッキアにもどす。かれが「北極星」をインターネットに繋いだとき、そのインターネットにはすでに137カ国にわたって200万台のコンピュータが接続されていた。さっそくこの事件をめぐってインターネット上でさまざまな意見がとびかった。「このような事件は自分たちの雇用を危なくする」と心配するソフトウエアのセールスマン、「ビル・ゲーツにたのんでスカージ・ケーブル(パソコン用ケーブル)で6回鞭打ちの刑に処すべし」という野次馬、「こんな軽率なものがいるからインターネットの社会的信用が台なしになるのだ」という良識派、「これぞ同世代人の快挙」と褒めあげる若者、「ソフトウエアの値段が高すぎるのがそもそもの原因だ」というユーザー、「技術進歩が在来の法律と齟齬をきたしているのだ」とご託宣を垂れる有識者、「新しい倫理と法制度を作れ」という法律家、「自分のもっているプログラムでオカネを支払ったものなどない」と自慢するハッカー、「ソフトウエア企業がプログラムの技術的な保護手段をないがしろにしているためだ」という技術者、「FBIは学生をいじめるよりも海賊版を販売する悪徳業者の取りしまりに専念すべきだ」という自由人、「自分たちの創造的な成果を大切にしてもらいたい」というプログラマーなど。だがなぜかマッキアを責める声は小さかった。
 政府はラマッキアを通信詐欺罪を侵したとして告発した。この裁判では、むかしエルビス・プレスリーのレコードを不法コピーした通信販売企業が、それを販売前の輸送中に取り押さえられ、盗品州間輸送法違反で訴えられたが、無罪になった最高裁の判例の解釈が議論の焦点になった。この判例は「州間輸送法の対象とする財産はモノであり、ここにモノではない著作権は含まれない」と示していた。マサチューセッツ地裁はこれを採用し「通信詐欺法侵害もおなじ論理で解釈すべきだ、なぜならば著作権に対しては著作権法があるではないか」といった。
 その著作権法だが、こちらのほうは刑事罰の適用には慎重な仕組みを持っており、告発者が「被疑者が他人の著作権を商業的な優位性を維持するか個人的な利益のために故意に侵害した」と立証することを条件づけていた。この点、ラマッキアはやましいところはなに一つなかった。裁判官は「被告が無知無責任であり、ニヒルであり、愉快犯的であり、価値に関する基本的なセンスをもっていないとしても、著作権侵害を侵したことにはならない」といい、「かれを有罪にしたければ立法府が法律を改正することだ」とつけ加えて、「無罪」と宣告した。その判決文の書き出しが冒頭に紹介した文章である。
 話がそれるが、世界最大のポルノ写真データベースをもつところは米国でもっとも機密性の高いローレンス・リバモア研究所である。この研究所は核兵器開発のためにつねに最大級のスーパー・コンピュータを運用してきたが、最近ここに1,000枚をこえるハードコア・ポルノのあることが確認された。なにものかがインターネット経由でアップロードしたらしい。インターネットのユーザーは「匿名FTP」というファイル送信手順をフリー・ソフトウエアとして共有している。達者なユーザーは、面白いアーカイブがあれば、このソフトウエアを使ってさっさとそれを自分のワークステーションにダウンロードできる。私自身「マドンナ」という海賊アーカイブを覗いたことがあるが、まず「警告」という画面が出現し、そこに「米国人以外は読む必要なし」とある。国境を越えれば管轄法が異なるので問題はないという判断らしい。愉快だったのは、全世界からのアクセスが錯綜しているために「お一人さま1アクセスあたり1シーン」という制限があったことだ。情報社会のイデオローグとなったマクルーハンは、いずれ国境のない「地球村」ができると予言したが、それを実現したのはハッカーだったということになる。(日本の著作権法には「有線送信権」という権利が明記されている。米国では白であっても、日本ではこの条項によって黒になる可能性がある。念のため。)
   
●デジタル・ゴールド・ラッシュの時代
 現在インターネットは大変革の途中にある。それはインターネットが民営化をはじめたからだ。すでにインターネットに企業ユーザーが実質的に出入りするようになったことは紹介したが、NSFはころよしと見て、インターネットへの補助金を打ちきる政策を進めている。その実施は計画よりは遅れているが、着々と進んではいる。もともと米国では先端システムは国が開発し、のちに民間に移転するという伝統をもっている。データベースもランドサット写真もそうだ。インターネットもそうなってきたということだ。
 ユーザーがコンピュータ1台について10人いるとすれば、インターネット・ユーザー総数は2,000万人に達する。これはビジネスにとってみれば見過ごせない大きさをもつ市場である。うるさい「使用許可規定」をバイパスするために、インターネットにぶら下がる商用ネットワークをもっている企業群は、すでにNSFのネットワークに並行線を引いてキックスというネットワークを作っている。べつにコマースネットというコンソーシアムを作ったインターネット利用の企業群もある。どちらも商業版インターネットといった性格をもっている。このような環境のなかで、NSFのネットワークはしだいに小さくなり、いずれは純研究用に再編成されることになっている。
 このような傾向に対して、とうぜんながら反対論もある。消費者運動のリーダーとして著名なラルフ・ネーダーは議会の公聴会で「インターネットの民営化は市民運動にとって重大な脅威になる。なぜならば現在のインターネットは定額制料金だが、民営化されれば従量制料金になるだろう。これでは市民団体の負担が増える」と証言している。
 研究者のなかには「通信販売会社が同時に嵩張るカタログを膨大なユーザーに送りつけたら、インターネットのなかで交通渋滞がおきてしまう」と心配する向きもある。現にそうした広告を出して顰蹙をかったものもいる。当人は「よい宣伝になった」とご満悦だとか。  ユーザーはコモン・キャリアのサービスを受ける場合には、その品質はあまねくひとしく保証されている。この種のサービスをユニバーサル・サービスという。だが、インターネットの場合には、ユーザーは自己責任でメッセージを送受信しなければならない。これをベスト・エフォート型のサービスという。インターネットは性善説の信者が作った躾けのよいアナーキズムの成果なのでセキュリティ機能は弱い。したがってインターネットはハッカーにとっては絶好の遊び場、稼ぎ場になる。1993年、米国政府はコンピュータ危機対応チーム協力センターをカーネギーメロン大学に設置したが、ここに同年、1,224件のセキュリティ侵害が報告された。同センターは学生による無害の侵入が多いといっているが、FBIはコンピュータ犯罪の80〜90パーセントはインターネットを利用していると推測している。インターネットの生みの親であるビントン・サーフは議会で証言し「セキュリティの確立が重要であり、そのためにインターネット用にPEMという暗号システムを開発したが、米国政府はその輸出を禁止している。45パーセントのユーザーが海外にいるので、これではインターネットの防御はできない」と不満をぶちまけている。
 ベスト・エフォート型のシステムは研究者にとっては手軽で便利だ。かくいう私も「ロー・イン・サイバースペース」というライブラリーを作り、公開している。だが、企業がビジネスに使うには、ベスト・エフォート型では危なくて仕事ができない。データが改ざんされたりしたらことは重大だ。とくに金融データや医療データが化けたら厄介なことになる。これがインターネットの商業的応用について、もっとも厄介な点だ。
 このためにインターネット用のセキュリティ・システムを開発して販売やサービスする企業が出できた。インターネットが不備なだけ、その分ビジネス・オポチュニティがあるというしたたかな計算だ。こうしてインターネットの周辺にはたくさんのビジネスが進出してきた。
 同時に、このようなセキュリティ技術によって強化されたインターネットを利用してビジネスをしようという企業が雨後のタケノコのように出現してきた。たとえば広告、通信販売、クレジットの与信システムなどの業界で。ジャーナリズムはこれを「デジタル・ゴールド・ラッシュ」とか「サイバースペース・ゴールド・ラッシュ」といってはやし立てている。
 1993年、クリントン政権は「全国情報基盤構想(略称、情報スーパーハイウエイ構想)」を発表した。米国全土に通信の高速道路を作り、これを使って国民に等しい公共サービス(教育や医療)を与え、次世代産業を育成しようという構想だ。公式にはこの構想とインターネットとはべつのものだとされているが、この議論に参加しているものはだれもがインターネットを情報スーパーハイウエイのプロトタイプだと考えている。
 情報スーパーハイウエイ構想は「国民のあいだで情報を<持つもの>と<持たざるもの>との格差をなくなすことである」と高らかにうたい上げている。だが本当にそうなるのか。もし、このようなネットワークが完成し、同時に図書館の資料がデータベース化されると、地域図書館の役割はなくなってしまう。テキサスの片田舎の小学生が直接国会図書館にアクセスできるようになる。これは国民に保証された「知る権利」にとって喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか。図書館関係者のあいだには議論がある。
   
●創造的破壊のなかで
 このような賛否さまざまの議論のなかで、インターネットは「躾けのよいアナーキズム」から「デジタル・ゴールド・ラッシュ」へと走りはじめた。この変化のなかで、さまざまの既成秩序は破壊され、それに変わって新しい秩序が作られるだろう。新しいインターネットは創造的破壊を一段と推し進めるに違いない。このときに忘れてならないものは、ネットワークの世界でのエチケットだろう。新しい「ネチケット」が必要になる。たとえば、コンピュータ倫理協会は「コンピュータ倫理のための十戒」を示している。
 一 なんじ、他者を害するためにコンピュータを使うことなかれ。
 二 なんじ、他者のコンピュータ作業を妨げることなかれ。
 三 なんじ、他者のフアイルを覗くことなかれ
。  四 なんじ、盗みのためにコンピュータを使うことなかれ。
 五 なんじ、偽りの証拠のためにコンピュータを使うことなかれ。
 六 なんじ、購入せざるソフトウエアを使用することなかれ。コピーすることなかれ。
 七 なんじ、権限をもたぬ他者のコンピュータ資源を使うことなかれ。
 八 なんじ、他者の知的成果を盗むことなかれ。
 九 なんじ、自己の作成したプログラムの社会的影響について配慮すべし。
 十 なんじ、熟慮と警戒をもってコンピュータを使用すべし。                   

   
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