ブックサーチ13

   
   法律から技術標準へ      
   

   
                                                         『科学』 78巻9号 2008年 
   

グーグルの検索システムは、2007年時点で、蓄積ページは80億、アクセスは10億件/日の規模に達し、そのユーザーは地球人口の20パーセントに及ぶという。また、そのサービスを支えるサーバーは50万台にのぼるともいわれている。
 この検索システムは、いまや単なる技術的な道具であるにとどまらず、巨大な規範へと変身しつつあるかにみえる。たとえば既存の社会制度−−表現の自由、著作権保護など−−に対して、その見直しを迫っている。それも技術主導の形で。
 上記の諸制度は、これまで国が定めるものと理解されてきた。ここにグーグルという私的セクターの一員が割り込んできたことになる。グーグルは一例にすぎないが、このようにしてネットワーク空間におけるガバナンスの主体は、国から私企業へと交替しつつある。こうした秩序の再構築をめぐって、ここ数年、とくに米国において、グーグルに対する訴訟がくり返されている。
   
 まず、グーグルと表現の自由とのかかわりについて。グーグルは、ユーザーが検索語を入力すると、これを含むウェブ・ページをリストとして出力する。ただし、そのリストは一覧するにはあまりにも大きい。この環境のなかでは、検索される側つまりウェブの製作者は、そのウェブ・ページがリストの上位にランキングされるようにと望まざるをえない。この要望に応えて、検索エンジン最適化(SEO)という仕事が生れ、これを請負う事業者も現れている(1)。
 グーグルはこのランキングを自動化している。その自動化システムには、ウェブ上のキーワードの選び方や他ウェブとのリンクのとり方などに関するアルゴリズムが組み込まれているという。詳細は不明だが。
 ウェブ側はグーグルのアルゴリズムを解読し、その結果を逆用してSEOを試みる。他方、グーグルはウェブ側のSEO対策の抑止を図る。このためにグーグルは、ランキングのアルゴリズムを2007年には450回も変更した、とのよし。
 グーグルは、過剰かつ詐欺的なSEOがあると見抜くと、そのウェブのランキングを大幅に下げたり、そのウェブをランキング対象から削ったりしている。この措置に不満をもつウェブ製作者のなかにはグーグルを訴えるものも現れた。
 ランキング訴訟のなかには表現の自由にかかわるものがある。その二つを紹介しよう。第一の法廷は、検索エンジンのアルゴリズムにはグーグルの「主観的な意見」が組み込まれており、したがってその出力は保護に値する言論となる、と裁いている(2)。第二の法廷は、グーグルは「私企業」であり、その検索エンジンを公的な言論にかかわるものとはみなせない、したがって保護を与えることは不可、と断じている(3)。
 二つの法廷の判断はたがいに捩じれている。だが、結論は同一である。その結論とは、表現の自由の保護を受ける受けないにかかわらず、グーグルのとった措置は正しい、というものである。
 とすれば、グーグルのアルゴリズムは米国憲法修正一条の示す表現の自由を凌駕することになる。いずれ上級の法廷が、あるいは議会が、後追い的に辻褄をあわせることにはなるだろう。
 話を進める。もし全ウェブにわたるランキング操作を政府がみずから実施したとすればどうか。このときには政府が民間の言論を格付けすることになり、表現の自由を抑圧することになる。これを誰もよしとはしないだろう。だが、グーグルが民間セクターの企業であるために、上記いずれの判例もグーグルを表現の自由の受益者とみなしている。どこかおかしい。
 ここで設問。もし政府機関がグーグルのランキング情報を利用していたとしたら、いや、しているに違いないが、これをどう評価したらよいのだろう。実態としては、ウェブの格付けをアウトソーシングしていることになるはずだが。
   
 つぎに著作権とのかかわりについて。グーグルは前記のランキングをおこなう前提として、つねにロボットをインターネット上に巡回させ、そこにあるウェブにアクセスし、そのページのインデクス化、アーカイブ化を図っている。この一連の操作は、著作権制度のなかでは著作物の「コピー」に相当する。ここが訴訟の論点となった(4)。
 著作権は私有財産である。したがって著作物のコピーにあたっては、まず製作者の許諾、ついでコピー、という手順を踏まなければならない。
 一方、グーグルの実行している手順は、まずコピー、それがいやならばウェブの製作者はノーと言え、というものである。グーグルは製作者たるウェブ側に、ノーと言いたいのであればウェブ・ページに「巡回拒否」「インデクス拒否」「アーカイブ拒否」などのタグを貼れ、と求めている。これらのタグの仕様は業界標準にすぎない。
 法廷では精緻な議論が交わされているが、ほとんどの結論はグーグルの方法をよしとしている。ここでは「意思確認→コピー」を求める著作権制度の大原則が、「コピー→意思確認」で事足れりとする技術標準へと置き換えられている。
   
 一般化しよう。ネットワーク空間には、かつて「一つの政策、一つのシステム、ユニバーサル・サービス」というガバナンスの原則があった。このガバナンスの主体が現在では、いま述べたように、私的セクターに移っている。この型の主体としては、グーグルなど私企業のほかに、NGO(例、ICCAN)、技術者集団(例、IETF)などもある。
 
 あれやこれやで、ガバナンスの主体は分散し、それぞれが技術主導によって部分最適化を図るようになった。この型のガバナンスをネットワーク関係者は「自律、分散、協調」と自賛している。インターネット商用化の直後、私は法律が技術によって浸食されるだろうと予測したが(5)、現に、そうなりつつある(6)。
 ガバナンスの主体が分散すれば、ネットワーク空間には匿名のフリー・ライダーのつけこむ機会が増える。スパム、ウェブ・スパムも頻発するようになる。この環境を「アウト・オブ・コントロール」と呼ぶ研究者もいる(7)。
   
(1) Henzinger,Monika 'Search Technologies for the Internet'"Science".v.317.July 27.2007
(2) 2003 U.S.Dist.LEXIS 27193
(3) 2007 U.S.Dist.LEXIS 22637
(4) 城所岩生「検索エンジンと米国著作権法」『国際商事法務』35巻 5-8号.2007
(5) 名和小太郎「ネットワークをめぐる法的課題」『情報処理』37巻 2号.1996
(6) 名和小太郎『個人データ保護』みすず書房.2008
(7) 大谷卓史『アウト・オブ・コントロール』岩波書店.2008

   
    名和小太郎   グーグル論(13)                              トップペ−ジへ  テキスト論リストへ