ブックサーチ10
   
   学術雑誌の電子化とオープン化(抜粋)                                                                       

                              『法とコンピュータ』 25号 2007年                                                         
   

1 学術論文の特性(略)
2 学術雑誌出版の現状(略)
2.1 利害関係者  2.2 商業化・寡占化
   
3 電子化とその影響
3.1 研究者
 論文あるいは雑誌の電子化については、学会では1970年代より試行され、出版界では1980年代より検討されてきた。だが、学術コミューニティにおける業績評価の方法が伝統的な冊子体を前提にしていたために、これが普及することはなかった。伝統的な論文評価は、インパクト・ファクタの高い雑誌にその論文が掲載されることであった(5) 。
 だが、この方法は1990年代初頭に崩れはじめた。米国ロスアラモス国立研究所(LANL)の物理学研究者 Ginsparg が、UNIXサーバを用いたシステムによってプリプリント・サービスを開始し、これが研究コミューニティによって受け入れられたためである(6) 。このシステムは現在では Cornell大学に移され、arXiv として隣接分野も含んで稼働している。
  なお雑誌の電子化を実現するためには、研究者が論文を電子的に作成し、その著作権を学会あるいは出版社になんらかの形で渡していることが前提となる。この双方はこの10年間に研究コミューニティの慣行となった(7) 。
   
3.2 学会
 多くの学会は、とくに医学系の学会は、Ginsparg方式は査読なしであり、論文の品質保証において不完全であると指摘している(8) 。
 同時に、大手の学会は投稿より査読、出版にいたるまで、この全過程を電子環境のもとで実行するようになった(9) 。この点については、大手の学会は商業出版社と利害をともにするようにもなった。
 
3.3 出版社
 雑誌の電子化は、出版社のビジネス・モデルに大きな断絶をもたらした(4,10)。
 その第1 は、紙メディアに記録された論文の売買を、論文へのネットワーク経由のアクセスに関するサービスへと移したことである。このために契約を解消した場合、冊子体であれば購読者の手元に購読分の雑誌は残るが、電子雑誌の場合には購読期間中の雑誌へのアクセスも止められてしまう。これは購読者の不満を招き、購読済の電子雑誌の扱いについては、多様なモデルが試行錯誤的に実施されている。
 その第2 は、購読者を個人から組織へと移したことである。電子化によって購読者は大学、研究機関などの組織単位となった。このような契約を「サイト・ライセンス」と呼ぶ。ここでは、組織に属する研究者数、パソコン数などによって利用料が決められる。
 その第3は、雑誌を個別に購入するのではなく、その出版社のもつ雑誌群−−たとえば1,000 タイトル−−を一括して、かつ長期にわたり購入するという契約である。これを「ビッグ・ディール」と称する。これにより、購入側におけるシリアル・クライシスは見かけ上、解消されることとなる。
 
3.4 図書館
 図書館は雑誌価格の高騰に関して、みずからが雑誌の刊行を支援する活動をはじめた(10,11) 。その代表例が研究図書館協会(Association of Research Library) が1998年に組織化した SPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition) である。この組織は新雑誌の出版を支援した。その成功例に米国化学会発行の Organic Lettersがある。この雑誌のインパクト・ファクタは Elsevier 社の Tetrahedoron Letters を超えるようになった。
  受け身の形ではあるが、図書館群はコンソーシアムを結成して交渉力をあげ、窓口をしぼって出版社と購入雑誌の価格交渉をするようになった(10,12) 。この活動は海外でも日本でも一応の成果はあげている。
  日本では2000年に私立大学図書館協会などが海外の商業出版社に対して公正取引委員会に独占禁止法違反を申立てた。ただしその訴えは退けられた。
 
4 オープン・アクセス
4.1 その経緯
  世紀の変わり目の頃から、学術コミューニティのなかに、雑誌のオープン化を求める声が拡がった(4,11,13) 。
2000年、Public Library of Science(PLoS) という研究者集団が、公開状を出版社に対して示した。その主張は、掲載論文を出版後6ヵ月以内に公共的なアーカイブに無償提供すべし、これに協力しない出版社の雑誌には投稿も購読もしない、というものであった。これに同調した研究者は34,000人に達したといわれる。ついでながら、PLoSには実業家にして Popper の弟子である Sorosが資金援助をしている。
  2001年、Budapest Open Access Initiative(BOAI) が開催された。その主張は、論文の全テキストに対するインターネット経由での自由なアクセスを求めるものであり、そのアクセスには、読む、ダウンロード、複写、範囲、印刷、検索、リンク、ロボットで読む、ソフトウェアで使うなどの操作を含む、というものであった。この会議は SPARCや PLoS の関係者が推進したものであった。
  BOAIの理念は、その後、多様な形で受け継がれる。2003年にはベセスダとベルリンでオープン・アクセスに関する国際会議が相継いで開催された。いずれも雑誌のオープン化を進めることを訴えるものであり、とくに研究機関や研究助成機関にその協力を求めるものであった。オープン化の要求は研究者自身から研究コミューニティへと拡大した。
 
4.2 そのモデル
 オープン化の実現については、その議論のなかで二つの方策が見えてきた(4,9,11)。その第1 はオープン・アクセス雑誌の発行であり、その前提となる著者支払い方式の採用である。
 雑誌の発行については、その費用が電子化によって小さくなったとしても、それをだれかが負担しなければならない。これを著者にさせる方式である。もし、投稿時点で出版費用を回収できれば、その出版後のオープン化は可能になる。
 もともとSTM 系の雑誌においては投稿料という形で著者が出版コストの一部を負担する慣行があった。ここで提案された方式はこれを拡張した形になる。このコストを研究者自身ではなく、研究者の所属する機関に負担させる方式もありうる。これをスポンサシップ費と呼ぶ。
  この方式は PLoS がはじめた。その価格は 1論文あたり 2,000-2,500ドルである。この方式はしだいに出版社も巻き込むようになった。たとえば Elsevier 社はここに 3,000ドルという価格を設定している。
  第2 の方策は「自己アーカイビング」である。これは自分の論文を自分のサーバ、自分の属する専門コミュニーニティのサーバ、あるいは自分の属する機関のサーバに搭載し、それへの自由なアクセスを認めることである。とくに最後のものを機関リポジトリと呼び、現在オープン・アクセスへの有力な道具として注目されている。
 
4.3 その制度化
 学術論文のオープン化は先進国政府の注目するところとなった(11,13) 。2004年、OECDの科学技術政策閣僚級会合は「公的資金による研究データへのアクセスに関する宣言」を採択した。この文書は公的資金を活用した研究成果についてその利用体制を整備すべし、と主張していた(注3 )。日本もこれに署名した。
 これにただちに応えたのは米国であった。同年、議会は国立衛生研究所(National Institute of Health: NIH) の成果について公衆アクセス政策の原案をまとめ、パブリック・コメントを求めたうえで、2006年にその方針を決定した。その内容は、NIH の助成を受けた研究成果についてはその公開を勧告する、というものであり、具体的には、その成果を NIHの運用する PubMed Central に1 年以内に公表せよというものであった。
 この政策の原案は「半年以内」の公開を「要求」するというものであったが、多くの反対があり、上記のようになった。
 つけ加えれば、NIH の予算は2007年度において28,578M ドルであり、その52% が研究助成に回されている。また、PubMed Centralは NIHが2000年に創刊したオープン・アクセスのデータベースであり、ここには180 誌を超える生命科学系雑誌の論文が掲載されている。
 オープン・アクセス政策は英国にも及び、2004年に下院の科学技術委員会が「学術出版、だれにも無償」という報告を出している。この提案は政府によって拒まれたが、英国研究会議(Research Councils UK)はその理念の具体化を慎重に検討しつつある。なお、民間の研究助成団体である Wellcome Trust も2005年にその助成した研究論文にオープン化を義務づけ、その PubMed Central への投稿を要求している。
 ドイツの政府も、2006年に研究助成機関であるドイツ研究協会(German Research Foundation)による研究成果について、そのオープン化の政策を決定した。
 
4.4 その正当化
 学術論文はベルヌ条約によって著作物として扱われている(注2 )。つまり、著作権をもっている。オープン・アクセスはこの著作権を制限するものとなるが、その正当化は学術分野における利用を公正使用とみなすことによってなされる。ただしすべての国に公正使用の規定があるわけではない。したがって公正使用の規定のない国における利用の場合、あるいは公正使用の規定を超える利用の場合には、読者は個々に学会や出版社に交渉しなければならない。PubMed Centralもそのように規定している。
  デジタル著作物の公正使用について、国際図書館連盟(International Federation of Library Associations and Institutions) と国際出版社著作権協議会(International Publishers Copyright Council)とは意見を異にしている。前者は伝統的な規定を存続せよと主張し、後者はそれを改変せよと訴えている。
 オープン・アクセスの運動は、じつはコンピュータ・プログラムの分野でフリー・ソフトウェア運動として、さらにはオープンソース・ソフトウェアとして洗練されてきた。いずれも現行の著作権制度を下敷きにしたものである。
 ここに出現したものが Creative Commons の活動であり、その一分派に Scholar Commonsの実験がある(14)。たとえば英国の Biomed Central は2000年に創刊されたオープン・アクセス誌であるが、これは Creative Commons によってサービスされている。
 NIH にもどれば、その成果は国民の健康にかかわる生命科学を扱っており、その研究資金の多くの部分が税金によってまかなわれている。したがってこれへのアクセスを有料化すると納税者に二重支払いを強制することになる。ここに NIH政策が強く求められる理由があった。
 現在、NIH 政策をさらに進める試みが議会でくり返されている(8) 。それは米国著作権法にある「政府著作物」のなかに「政府から助成を受けた著作物」も含めよ、という形で提案されている。なお現行の米国法においては、政府著作物は著作権の対象にはならない。
 
5 残された課題(略)
5.1 公的出版と商業出版との融合  5.2 デジタル技術の世代交替  5.3 対抗Google
   
〔文献〕(略)

   
    名和小太郎   グーグル論(10)  
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