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  学術情報の利害関係者    

                              『学著協ニュース』 11号 2005年
   

学術情報には多様な利害関係者がいる。まず、研究者。かれらは学術情報の生産者であり、かつ消費者である。つぎに、学会。ここで情報の品質管理をする。ついで、商業出版者(以下、出版者)と図書館。どちらも欠かすことのできない流通路の関係者である。もう一つ、著作権の管理団体がここに加わる。日本では、学術著作権協会がこの役目を引き受けている。これが大雑把な見取り図である。
   
 問題は、これらの関係者が利害をともにしているのかどうかにある。全参加者の利害が一致していれば問題はない。しかし現実には、それが異なる場合もある。このときに、学術情報の生産、流通、消費のサイクルのなかに淀みができてしまう。
 それぞれの関係者が利害を異にするのはなぜか。それは公的領域にいる関係者と私的領域にいる関係者とが共生しているためである。ここにいう公的領域とは利害を配慮しなくてよい世界、また私的領域とは市場のなかに組み込まれた世界、ということになる。
 この視点でみると、公的領域にいるのは、大学や公的な研究機関にいる研究者、学会、それに図書館であり、私的領域にいるのは、企業にいる研究者と出版者である。学術著作権協会はこの双方の領域とかかわりをもっている。
   
 さて、著作権であるが、それは著作者人格権と財産的な著作権(以下、財産的権利)とが組み合わさったものである。この二つの権利について、上記の利害か関係者のかかわり方はどうなるのか。これを考えてみよう。
 まず、研究者にとってはどうか。研究者は、自分の業績がなるべく同僚によって引用され、それによって自分のインパクト・ファクターが高まることを望んでいる。この意味で、彼/彼女にとって大切なものは著作者人格権である。
 つぎに学会。学会は研究者の業績を冷静に評価し、それを広く流通させることが使命である。このためには、論文を印刷し、あるいは電子媒体に変換し、それを読者である研究者に遅滞なく届けなければならない。したがって、学会は研究者の論文を自由にコントロールできなければならない。このためには研究者の著作権が学会に預けられていることが望ましい。(付け加えれば、預けてもらうのは財産的権利のみである。著作者人格権は法律的に本人から他者に移すことはできない。)著作権をこのように学会に預けることは研究者の論文の流通を促進することになるので、両者の利害は両立する。
   
 20世紀後半になると研究者の数は増加し、これに伴って学術論文の量も増大した。くわえて1980年代になると、論文のデータベース化への移行も始まった。もう、学会のみの力量では論文流通のコントロールが難しくなった。ここに事業機会を見つけたのが出版者であった。
 出版者はその事業を支える梃子として財産的権利を使う。このために学術情報の流通プロセスのなかに、営利性という新しい要因が入ってきた。この要因は、出版社の活動が学会の使命と重なるかぎり、異を唱える筋合いのものではなかろう。ただし、その出版者が法外の利益をその事業のなかで得ようとすれば、結果的に学術情報の流通について否定的な結果をもたらすことになる。1990年代になると学術系の図書館には「シリアル・クライシス」−−価格上昇によって定期刊行物の購入タイトル数が激減−−という現象が生じたが、これは出版者が利益を優先したためである。
   
 学術情報の生産と消費とは、ともに研究者によってなされる。この意味では「著者すなわち読者」の関係がある。ここでは研究者は相互にその情報を共有する伝統を維持してきた。したがって論文のコピーは自由であるという慣行が生きている。この慣行は制度的にも整備されており、日本では「私的使用」として、また米国では「公正使用」として、著作物の自由なコピーが許されている。研究者によるコピーが著作権上、自由とされてきたのは、彼/彼女の業務が非営利的な学術分野にあるためである。
 だが、20世紀後半になり、研究分野にさまざまの企業が参入してくると、上記の建前は崩れてきた。その研究者が産業界にいる場合には、彼/彼女の研究は営利的な活動と密接につながっている。かれらは自分の成果については秘匿しながら、他者の成果については取り込む。ここには情報の共有という研究者本来の姿はない。このような産業界の研究者のコピーを私的使用または公正使用として扱うことは難しいだろう。ここに学術系著作権管理団体の出番がある。
   
 図書館は学術情報の利用に関して研究者を支援する役割を担っている。その研究者の活動は、それが本来の−−つまり非営利的な−−研究であるかぎり、著作権の行使を外してもらえる特権をもっている。研究者を支援する図書館にも同様な特権が与えられてきた。とくに研究者を支える大学図書館においては、この権利制限は厳格に維持されてきた。
 ただし近年、大学と産業界との関係がしだいに密接になり、双方の研究自体が融合し、またその研究成果が共有されるような状況になってきた。このような動向、つまり研究の産業化のもとにおいては、まず、大学図書館に与えられた著作権の制限に関する特権は在来と同じ基準で厳密に維持されるべきであり、ついで、それを越える学術論文の利用については著作権の行使がなされるべきであろう。この点について、著作権管理団体の果たすべき役割は大きいはずである。
   
 研究の産業化とともに、これを支援する機関が出現してきた。たとえば、文献の複写サービスをする事業者が出現し、産業界の研究者を支援するようになった。学術系の著作権管理団体はこのような事業者を支援し協力する役割をもっている。ここで双方は利害を一つにしている。ただしこの型の事業者のなかには、歴史的な経過のために産業界を支えているにもかかわらず、図書館なみの著作権制限を認められている公的な機関がある。このように歪んだ制度については、いずれは正される必要がある。ここにも学術系著作権管理団体の任務があるはずである。
   
 著作権管理団体には、学術系の組織だけではなく、文芸作家系、出版社系、新聞社系などの組織もある。これらの団体は著作権の管理においては同じ責務をもつものであるが、権利の保護のあり方については、それぞれべつの主張をもっている。このなかで学術系著作権管理団体は、その活動が国際的であることにおいてとくに際立っている。学術系の著作権管理団体は、この意味で、他の著作権管理団体に大きい寄与ができるはずである。
 くわえて今日、著作物のデジタル化とネットワーク化とが急激かつ大幅に進みつつある。この点については学術系の雑誌がもっとも急速に進んでおり、これにともなう著作物の生産〜流通〜消費の形も大きく変化している。当然ながら、著作権管理の枠組みも再検討を迫られている。学術系著作権管理団体はこの点においても新しい秩序作りに参加しなければならない。
   
 学術情報には、もう一つ、大きい利害関係者がある。それは研究資金を提供する政府であり、その後ろに控えている納税者である。米国の国立衛生研究所は、連邦資金の援助を受けた研究成果の一般公開を求め、すでにインターネット上で「パブメド」というデータベースを流している。この政策は学術情報の流通に対して、新しい秩序のあり方を示している。それは納税者への責務、社会の公益という価値を掲げている(『サイエンス』2004年12月10日号)。
 日本でも、総合科学技術会議が「第二期科学技術基本計画」において「科学技術と社会とのコミュニケーション」の重要性を指摘している。これも学術情報の社会的な還元を求めるものである。これらの動きは現在一進一退という状況であるが、学術系の著作権管理団体はこのような新しい秩序についても対応を模索することになるだろう。

   
    名和小太郎   読書・出版論(10)                    トップペ−ジへ   読書・出版論リストへ  次へ  前へ