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  出版社 vs 研究者    

                           『科学朝日』 54巻9号 1995年
   

 1992年、ニューヨーク南部連邦地裁は、大手学術出版社による集団訴訟に勝訴の判決をくだした。米国地球物理学連合、エルゼビア、パーマゴン、シュプリンガー、ジョン・ウィリ、ウィリイ・ヘイドンが原告側の代表団を結成し、石油会社のテキサコを被告とした大掛かりなものであった。
 原告の主張は、テキサコが雇用する500人の研究者が、これら出版社の発行する学術雑誌を無断コピーし、出版社の著作権を侵害しているというものだった。
 研究者はライバルの研究論文のチェックを欠かすことができない。研究の最前線を確認し、研究の重複を避けるためだ。このために、どの研究者もかなりの論文をコピーしていた。米国著作権法は研究用のコピーを「公正使用」であると規定していた。
 原告と被告とは、まず事実の確認をすることにした。余計なコストをかけることを避け、任意の研究者をランダム・サンプリングして、かれのコピー実態を調査することで合意した。
 サンプルとして選ばれたのはD・チッカリング博士だった。かれは触媒の基礎研究をする化学者として、テキサコのビーコン研究所で自動化設計建設グループのリーダーをしていた。
 チッカリングは多数のコピーをファイルしていたが、そのうちアカデミック・プレスの刊行物を調べることにした。アカデミックは105種の科学、医学、技術関係の雑誌を出版する米国最大の学術出版社である。チッカリングはアカデミックの発行する月刊誌「触媒」からのコピーを8編ファイルしていた。4編が論文、2編がノート、2編が寄書だった。
 アカデミックは「触媒」について、編集者やピア・レビュワーへの謝礼も、著者への原稿料も支払っていなかったが、著作権は保有していた。「触媒」の講読料は法人には828ドル、個人にはその半額であった。また、バック・ナンバー、年度毎の合本、100部単位の別刷も販売していた。
 著作権法はコピーの公正使用について4つの条件を示している。テキサコはこれをすべてクリアしていると申立てた。
 第1条件は、コピー使用の目的と特性が商業用でなく研究用だということである。コピー目的が生産的あり、コピー特性が置換型ではなく、加工型であればよい、というのである。
 テキサコは自社の研究所が5年間に130の論文を発表し、十分に生産的であったと主張した。
 さらにフォトコピーの論文は、水に濡れないプラスチック製の論文、薬品に腐食されない鉛製の論文、嵩張らないマイクロフィッシュの論文と等価であり、加工型コピーといえる、と付け加えた。
 だが、法廷は否認した。テキサコは営利会社であり、数100人の研究者が「触媒」をコピーしている。これは置換型のコピーにすぎない、というのである。
 第2条件は、コピー対象が創作ではなく事実であればよい、ということである。テキサコは、論文は科学的事実を記述したものであり、論文のコピーはデータやグラフの転記による間違いを避けるためだと主張した。法廷はこれを認めた。
 第3条件は、コピーの量と質が妥当だということである。テキサコは、アカデミックが著作権局に登録した権利は冊子全体(200ページ)に関してであり、個々の論文(8〜10ページ)についてではない、と指摘した。そのうえで、研究者は個々の論文をコピーしているのであり、その割合は4%にすぎない、と主張した。
 だが法廷は、出版社は論文ごとに著作権登録をさせることは巨額の登録料を負担させることになり、非現実的であるとした。(この時点では、米国は著作物を登録することになっていた。)
 第4条件は、市場に対する影響があったか、ということである。この点については歴史的な経緯が問題となった。
73年に、37種の医学雑誌を発行するウィリアム・ウィルキンスが全米医学図書館(NLM)と全米衛生研究所(NIH)を相手に訴訟を起こしたことがある。訴訟の内容は今回とおなじであった。
 このとき、最高裁はNLMとNIHのコピーは公正使用であるという判決を下した。第1に原告に経済的な損害を認めることはできない。第2にコピーを侵害とすると医学研究に重大な損害を与える。第3に準拠すべき法律がない(1009年制定の旧法の時代だった)。第4に被告は非営利機関である。第5にコピーは科学のために使用されている。第6に研究がコピーの商業的利用によって汚されていない。
 このあと、77年に議会のバックアップによって著作権仲介センター(CCC)が設立された。CCCは権利者から信託を受け、ユーザーからコピー料をとりはじめた。「触媒」についていうと、設立時は1論文あたり2ドル、82年以降は3ドルである。
 CCCは、はじめユーザーに論文ごとに報告させていたが、これでは研究領域が第三者に筒抜けになってしまうという批判がでて、雑誌名と発行年のみの通知でよしとした。このほか大手ユーザーには包括契約方式も設定した。
 92年時点では、CCCに権利を信託している出版社は8000社、著作物は150万点(うち4分の1が海外分)に達している。いっぽうユーザーとの契約は、個別方式が400社、包括方式が100社に達している。扱った著作権料は89年において、個別方式で900万ドル、包括方式で1800万ドルに達した。
 CCCの契約者名簿には、エクソン、チバ・ガイギ、デュポン、コダック、IBM、GEなどが並んでいる。ATTのベル研究所にいたっては、CCC経由で200誌、それ以外に350誌のコピー契約をしている。
 第4の条件について、法廷はつぎのように示した。テキサコは89年度に320億ドルの売上、24億ドルの利益、8000万ドルの研究費を支出している。コピー料を支払える資料をもっている。
 また、論文の著者が著作権料を受け取っていないとしても、「触媒」への投稿は研究者としての地位を高め、かれらの給与を上げるはずだ。かれらは著作権料が徴収できないために「触媒」が廃刊されることを望まないだろう。こうみると、テキサコのコピーは「触媒」の市場を侵害している。
 以上をまとめて、法廷はテキサコの行為は公正使用には当たらないとした。テキサコは、この判決は研究者の慣行になじまないとして控訴した。
この判決に敏感に対応し、いちはやくCCCと契約したのは、コピーを頻繁に使う多数の法律事務所である。そもそもゼログラフィというフォトコピー技術を発明したのは、コピーの多さに悩まされていた特許弁護士のC・カールソンであった。
   
〔参考文献〕
D.Goldbelg & R.Bernstein: The `Texaco' Decision, New York Law Journal, Sep.30. 1992

   
    名和小太郎   読書・出版論(26)                    トップペ−ジへ   読書・出版論リストへ  前へ