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  類句論 俳句と著作権(1)     

                                『梛』 13巻1号 2008年
   

私は俳句についてはズブの素人である。たった1回、永方主宰のご指南を受けたことはあるが。その永方さんから著作権の解説をせよというご指示である。たしかに私は著作権審議会に20年余も付き合ってはいた。だが法律家ではない。しょせんは勧学院の雀にすぎない。
   
 さっそく本題に入る。このために思考実験を一つ。
   
  獺祭忌明治は遠くなりにけり
  降る雪や明治は遠くなりにけり
   
 いうまでもなく、「獺祭忌」は志賀芥子の、「降る雪や」は中村草田男の作品である。発表されたのは、たしかこの順である。
 その思考実験であるが、それは、もし「獺祭忌」の作者が「降る雪や」の作者に対して著作権侵害を訴えたらどうなるのかという「もし」を指す。
   
 話を進めるまえに、著作権法について一言。ここに2点の芸術作品があったとする。このどちらかが他のコピーではないのか。もしコピーだったとすれば、そのコピーは理に適ったものなのかどうか。その判断の尺度となる法律が著作権法である。
 つまり、著作権法は芸術の世界に土足で踏みこみ、その善し悪しを裁くお節介な法律なのでである。だから以下、俳人諸姉兄の気分を逆撫でする言い方があるかもしれない。そんな不粋な役割を私は演じることになるが、お許しあれ。
   
 思考実験にもどる。「獺祭忌」と「降る雪や」とを比べてみよう。「五・七・五」の「七・五」の部分がまったく重なっている。ほぼ7割が同一である。訴訟の対象が小説や絵画であれば、裁判官はためらうことなく、7割の重複を著作権侵害と言い切るはずである。
 だが、どうだろう。この判断は俳人諸姉兄がおもちの気分や仕来りに反するのではないか。もともと俳句という芸術作品は、他の芸術作品と比べると、類似した作品、つまり類句を生じやすい、ですね。
 まず「五・七・五」という形式上の制限がある。しかも「季語」を組みこむ、「三段切れ」はダメ、「切れ字」は重ねない、などという縛りもある。このような制約のあれこれによって、語彙の組合せはおのずと定まる。語彙の組合せに限りがあれば、それは互いに似た表現になりやすい。類句の現れることは避けがたい。
 数理工学者の前川守氏は、その著書『文章を科学する』において俳句の語彙分析をしており、ここで1万句に1句は先行の作品と偶然おなじ表現になる、と試算している。
 ここに奇特な裁判官がおり、俳人諸姉兄の慣行をヨシと判断したとしよう。このときにかれは、おなじ表現が全体の7割に及んでいても、それぞれ独立した作品であり著作権侵害ではない、という法理を参照していたはずである。だが、そんな法理はまだ編み出されていない。
   
 「獺祭忌」と「降る雪や」とはそれぞれ独立した作品である。こう、主張するために、じつは秘策がある。俳句作品はほんらい著作権をもたない、とすることである。著作権がなければ著作権の侵害も生じない、という論理になる。
 著作権の世界に「ありふれた表現」という専門用語がある。だれが制作しても似てしまう、そんな表現を指す。もし、その作品が「ありふれた表現」にすぎなければ、そこに著作権は生じない。
 たとえば、本の題名、決まり文句、標語など、このような短いフレーズは「ありふれた表現」とされる。この見方を通せば、俳句作品も短いフレーズである。類句も多い。「ありふれた表現」とみなすこともできるかもしれない。
 「ありふれた表現」であれば著作権なしその侵害もなし。これがさきに言った秘策である。だが、どうでしょうか。日頃、苦吟なさっている諸姉兄は、俳句作品を「ありふれた表現」とする論理に反撥なさるのでは。
   
 ということで、俳句を著作権法の側から扱うと、奇妙な結論が生れる。まず、俳句に著作権を認めると、多くの類句に対して侵害ありと判定してしまうリスクが生じる。といって、侵害なしというためには、俳句は単純すぎるので著作権なし、と判断しなければならない。ということで、著作権法は俳句と相性が悪い。
   
 すでに、諸姉兄は著作権法に対して違和感をお持ちのことと思う。だからか、著作権法を敬して遠ざけているかにみえる。現に、俳句についての著作権訴訟はごく僅かである。
 推察するに、俳人諸姉兄のあいだには自律的な規範が働き、これで盗作などを抑えていらっしゃるのだろう。法律に頼る必要などさらさらない、ということか。
 このところ、芸術分野でも著作権を言挙げして訴訟を起す例が増えてきた。こうした風潮のなかで、自律的な規範を通そうとなさっている俳人諸姉兄に、私は敬意を表したい。

  

   
    名和小太郎   読書論・出版論(4)                    トップペ−ジへ   読書論・出版論リストへ  次へ  前へ