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  サーチ・エンジンと表現の自由    

                                『情報管理』 51巻4号 2008年
   

2003年、オクラホマ西部地裁はグーグル社の申立てを認め、サーチキング社からの訴えを退けた。この訴訟の論点は、グーグルのページランク(後述)が、米国憲法修正1条によって保護されるべき言論かどうか、にあった。憲法修正1条とは表現の自由を保障した条文である。
 グーグルはサーチ・エンジンを稼働している。サーチ・エンジンはインターネット上においてウェブ・サイトの位置を探し出すためのツールである。
 サーチ・エンジンは数学的なアルゴリズムによって制御されており、そのアルゴリズムの要素の一つとしてページランクがある。これはユーザーの質問に応え、特定のウェブサイトの相対的な重要性を計算し、それを1〜10の数値によって表現するものである。
 ページランクの数値は、当のサイトを指しているリンクの、そのリンク数などによって算出されている。サイト側はみずからのランク決定についていかなる影響も及ぼすことができない。
 話をもどす。もし、ページランクが修正1条によって保護される言論であるとすれば、その「発言者」−−つまりグーグル社−−は、かりにページランクに意図的な操作を加え、この操作によってだれかの権利や利益を損じたとしても、その行為について責任を問われないことになる。
   
 ページランクは売買されてはいなかった。だが市場価値をもっていた。たとえば、高い順位のページランクをもつサイトは、広告主に対してプレミアムを課することができた。2002年、サーチキング社は、クライアントのサイトを高い順位へと繰り上げる操作を仲介し、この操作に対して報酬を求めるサービスを、PR・アド・ネットワークという事業として始めた。
 サーチキングのページランクはこの事業を開始するまでは「7」であった。事業開始後、それはいったんは「8」になったが、ただちに「4」に落ちた。PR・アド・ネットワークのページランクは当初「2」であったが、ただちに「ランクなし」になった。
 サーチキングはグーグルを訴えた。グーグルの対応は、意図的であり悪意に充ちており、したがって不法行為である、と。グーグルはこれに反論した。ページランクは憲法修正1条によって保護された言論であり、したがって不法行為の訴えに対して免責される、と。「不法行為」とは他人の権利・利益を侵害する行為を指す。
 すでに判例があった。そこでは、当の言論が公共にかかわるものであり、偽りの事実を含むものでなければ、それは保護のもとにある、とされていた。くわえて、その保護は証券の格付けサービスによる不利な評価にも及ぶ、とされていた。グーグルはこの判例を引用し、この案件について、なんら悪意をもつ行為をしていなかったと主張した。
   
 サーチキングは指摘した。グーグルの創立者ローレンス・ページはページランク・システムについて特許を取得している。特許取得の条件は、それが客観的な特性をもつことにある。客観的な特性をもつのであれば、それが真実か偽りであるかを確認することもできる。客観的なものに対して意図的な偏りをくわえれば、誤りが導かれる。
 サーチキングは続けた。グーグルのサイトは、ページランク・システムを「正直かつ客観的」と宣言している。しかし、同時にこの二つを充たすことはできない。「正直」とは主観的なものを指すからである。
   
 法廷は示した。サーチキングはプロセスと出力とを混同している。ページランクのプロセスすなわちアルゴリズムは客観的な存在である。だが、その出力の数値は主観的なものである。市場にはたくさんのサーチ・エンジンが存在する。それぞれのサーチ・エンジンは異なる結果を出すだろう。したがって、それらは互いに主観的な言論ということができる。錬金術師が鉛を金に変換できないように、グーグルは主観的な表現を客観的な事実へと変換することはできない。
 法廷は断定した。ページランクは公共的なものと関係している。くわえて、そこには偽りの事実は含まれていない。しかも、ページランクは言論である。ページランクは完全に憲法の保護を受ける。したがって、それは州法の定める不法行為に関する訴えからも隔離される。
 この判例は、ページランクの正当性について、あれこれの議論を引き起こした。
  
 その一。サーチキングのような中間者が介在しなくとも、ページランクの出力が高順位のために、あるいは「ランクなし」に落とされたために、不利益を被る人が現れるだろう。その人をどのようにして救済すべきか。グーグルは、そのような人はグーグルへ通知せよ、対応する、としているが、それで十分か。それでみずからの責任を果たしたことになるのか。グーグルはカード会社の個人データの扱いを見習ったらどうか。
 その二。グーグルはページランクのアルゴリズムは客観的であり、機械的であり、したがってここに人間の恣意的な意図は混入しない、と主張している。といいながらも、そのアルゴリズムの詳細については秘匿しているので、グーグルは第三者にその主張を納得させることはできない。納得させるためには、その内容をもっと透明にしなければならない。サーチキングのようなフリーライダーにつけこまれるリスクはあるにせよ、だ。
 その三。グーグルはすでに公共財的な役割−−電話帳や交通信号のような−−を発揮している。つまり、その存在がすでに一つの権威となっている。とすれば、その権威にふさわしい責任のもち方もあるだろう。
 というようなことで、法律データベースのレキシスにおいて「サーチ・エンジン and 修正1条」で検索してみると、たちまち数百編の論文が出力される。もとの「修正1条」だが、それはわずか45語で表現された条文である。
   
 蛇足を一つ。1980年代、巨大な航空会社は切符の自動予約システムに「バイアス表示」という細工をしていた。それは端末画面の最初に自社便の案内を優先的に表示する操作であった。これは不正競争として禁止されたが、この話、サーチキングのランクページ操作と通じるところがある。
 蛇足をもう一つ。ISI社に「インパクト・ファクター」という学術論文の格付けシステムがある。サーチキングの訴訟結果に即して考えれば、このインパクト・ファクターも修正1条によって保護されることになる。
   

   
    名和小太郎   読書論・出版論(7)                    トップペ−ジへ   読書論・出版論リストへ  次へ  前へ