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   『学術情報と知的所有権』 東京大学出版会 2003年   
   

   
                                                    『大川情報通信基金2003年度年次報告書』  2004年 
   

著書の意図、著者の回想
  学術情報の近代的な流通は、17世紀中頃の「フィロソフィカル・トランザクション」や「ジュルナル・デ・サヴァン」に始まるが、このときから研究者はその成果を共有するという伝統を持つようになった。この伝統は今日にいたるまで続いており、これが学術の信頼性と進歩とを保証してきた。しかし20世紀の後半になると、学術はしだいに産業のなかに組み込まれるようになり、同時に、各国産業の国際競争力を支えるものともなった。
 このために学術の成果は、あるいは秘匿化され、あるいは権利化されるようになった。秘匿化とは研究の成果を営業秘密として企業のなかに囲い込むことであり、権利化とはその成果に著作権あるいは特許権を設け、これによってその成果を企業が占有することを指す。これとともに、研究者が維持してきた知識共有の伝統は崩れてきた。20世紀末に展開したヒト・ゲノムの解読という研究分野にその典型例がある。このような状況を事実に則して整理することが、この本の第1の狙いであった。
 知識の権利化は、一方ではその国の産業を強化するが、他方では学術の発展に歪みをもたらす。これを冷静に評価するために必要な情報を提供すること、これがこの本の2番目の狙いであった。
 ここで扱ったテーマは、科学社会学、図書館情報学、知的所有権論、情報通信技術などの境界領域にあり、この意味で筆者の試みは無謀というべきものであったかもしれない。だから、この試みを大川情報通信基金の方々が注目してくださったということは、筆者にとって大きい励ましとなった。
 もう一つ。この本は筆者が古希を越えてから、つまり、在野の研究者になってから書いたものである。そのような立場にある筆者にとってこのたびの受賞は「晴れがましい」の一語につきる。この二つの点、すなわち境界領域の本を選んでいただいたこと、また在野の研究にも目配りをしていただいたこと、これらについて筆者は大川情報通信基金の皆様に敬意と感謝を表したい。
 個人的な思いをさらにつけ加えさせていただく。もう30年も昔のことになるが、(まだ高度成長期の余韻が残っている活気に満ちた時代であったが)、筆者はある企業の情報システム部門の中間管理者として、故大川功氏と仕事をさせていただいた経験をもっている。その大川さんから今日このような名誉を頂戴することになったのは、筆者にとって思いがけないことであった。そういえば、授賞式のあとの懇親会で当時の仲間と久しぶりにおしゃべりすることができた。これも筆者のような老書生にとってたいへん嬉しいことであった。                   

   
    名和小太郎                                        著作リスト へ           トップペ−ジへ