新しいオーサシップtxt1616

   
   新しいオーサシップ:利益の相反をめぐって      
   

   
                                                         『公益学研究』 2巻1号 (2002) 
   

 科学雑誌『ネイチャー』は2001年 8月23日号の巻頭に「財務的利害の宣言」(以下「宣言」)という論説を掲げた(1) 。執筆者は編集長である。この論説には「本誌論文の投稿者に対する新方針の導入にあたって」というサブタイトルが付いていた。その方針とは、10月 1日以降には、投稿者は競合する財務的利益をもつ場合には、それを公表しなければならないというものであった。
 おなじ年の 9月、『JAMA』『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』『ランセット』『MEDLINE 』などの医学系の10誌が編集長の連名で論説を発表した(2) 。そのタイトルは「スポンサシップ、オーサシップおよび説明責任」(以下「共同声明」)であった。主旨は「宣言」と同じであった。
 なぜ、このような方針を設けるのか。「宣言」はつぎの三つを挙げている。第 1に、研究者のべつの利益が、不注意に、また計画的に、証拠の選択、結果の解釈、表現の強調に偏りを与えるかもしれない。第 2に、財務的に利益の公開によって、読者はその論文がもつ意味について判断することができる。第 3に、すでに多くの機関が投稿者に財務的利益を論文中に記載することを求めている。
 「共同声明」は、これに読者への責任を加えている。臨床研究の成果は医療現場における治療に関する最終的な判断の基礎になっている。この視点でみると、最近、医学研究に多くの製薬企業が関心をもち、みずからが主導権を発揮できる契約研究を実施するようになった。これらの契約研究は治療法の計画、データの扱い、成果の発表に大きい歪みをもたらす可能性がある。これを避けたい。
 しからば、「競合する利害」とはなにか。「宣言」はそれを「投稿者の態度や論文内容に対する潜在的な影響によって、あるいはその潜在的な影響を認識することによって、刊行物の客観性、統一性、理解できる価値を損じてしまうような財務的な諸特性」と定義している。ここには「補助金」「雇用」「個人的な財務的利益」が入る。いずれも、その論文の発表によって財務的な利益の得失があるかもしれない組織と関係するものを対象になる。とくに、個人的な財務的利益には、債券、株式、コンサルタント料、報酬、特許などが入る。
 研究者は編集者に、どんな様式で「競合する利害」を報告すべきなのか。すべてを報告するのは煩瑣だろう。だから、これ以上であれば報告すべしという閾値が欲しい。「宣言」はつぎの提案をしている。米国の多くの大学はそのメンバーに対して企業との関係を通 知することを課しているが、その値は 1万ドルまたは 5% を超えた持分となっている−− これがひとつの目安となる。
 このようにして、「共同声明」は在来の「オーサシップ」の概念を変革した。「共同声明」は、新しい「オーサシップ」は、第 1に、在来の概念に「説明責任」と「独立性」と いう理念を加え、第 2に、投稿論文の知的所有権を投稿者−−スポンサーではなく−−に 与え、第 3に、学問の独立と自由を証明するものになる、と主張している。この方針を敷衍するために、かれらはここに国際医学雑誌編集者委員会(International Committee of Medical Journal Editors、略称 ICMJE) の『ICMJE ガイドライン』(以下「ガイドライン」)を引用している。
 「ガイドライン」は正しくは「生物医学雑誌投稿に関する統一規定」と呼ばれ、1979年に設けられたものである(3) 。現在、400 誌をこえる医学雑誌がこの規定を採用している。この規定はいわゆる学会誌の投稿規定であり、タイトル、抄録、キーワード、引用文献などの記述法を指定したものであるが、これにとどまらない特徴をもっている。それは、ここで「二重投稿」の禁止、「オーサシップ」の定義、「倫理」の表示、「助成金」の出所など、医療情報の信頼性を担保する事項について、それをきちんと規定していることである。
  「ガイドライン」はその2000年版において「利害の相反」や「事業目的の研究助成」について明確な記述を加えた。まず「利害の相反」については「寄稿された原稿に対する利害の相反は、査読および掲載過程における関係者−−著者、審査員および編集者−−が、彼または彼女の審査に不適当な影響を及ぼす活動と結び付けられている場合に−−その審査が事実として影響を受けても受けなくとも−−存在する」と定義し、これに「産業界との財政的な関係は、直接であろうと家族を通してであろうと、もっとも重要な利害の相反であると通常みなされている」と続けている。また「事業目的の研究助成」について「研究者は自分が執筆した論文を刊行する決定について、その管理を干渉されるような契約を結んではならない」と示している。
 注目すべきは、利害の相反の対象者として、ここに著者のみならず、査読者や編集者までを加えたことである。
 じつは、投稿者に対して利害の相反に関する情報開示を求めることは、すでに多くの雑誌において採用されてきた。タフツ大学の調査によれば、1997年にすでに 181誌がこの方針をとっていた(4) 。そのなかには『サイエンス』『プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス』などが含まれている。このうち、1/3 の雑誌がなんらかの形で情報公開をしていた。ただし、それらの雑誌にしても、論文数でみると、それは1%にも満たなかった。タフツ大学の調査担当者は、残りの論文が特許や株式などの特典にまったく関係ないとは考えられない、と言っている。
 このような研究者の非協力に対して編集者はどのように対応するのか。「宣言」は、投稿者は公開を拒むことはできるが、編集者は投稿者がそれを拒んだという事実を公表することはできる、と主張している。
 この方針の意味について関係者は反応はさまざまである(5) 。事業者団体の Pharmaceutical Research and Manufacturers of America は、この方針の必要性は疑わしい、と主張した。いっぽう、市民団体の Citizens for Responsible Care & Research は、この方針の狙いは支持するが、その実効性は薄いだろうと述べている。
 法学研究者のカッシラーはこの問題について賛否二つの意見がありうると述べている(6 ) 。まず、賛成論。利益の相反を公表し、そこに偏った意見が存在することを公衆に警告することは必要である。というのは、公衆は、資料そのものを見るだけでは、そこに偏った意見を発見することなど無理だからである。ただし、このような相反を公表することは、医学研究の有効性に対する公衆の信頼感を壊してしまうかもしれない。
 つぎは、反対論。研究者は愚かであり、したがってもしなんらかの偏りがあれば、そ れを論文中に隠すことなどできない。つまり、それは読者がただちに検知できる。だから利害の相反を宣言する必要はない。また、そのような宣言があると、現実には存在しない問題に不必要な注意を向けさせることにもなる。
 カッシラーは、このように両論を比較したあとで、医学がウォール・ストリートに取りこまれる時代に、われわれは公衆を保護するためのセーフガードを設けなければならない、と主張している。ここに紹介した科学雑誌の新しい編集方針は、そのための小さくはあるが一つの試みであるといってよいだろう。
   
文献
(1) Campbell, Philip(2001) `Declaration of Financial Interests', Nature, v.412, n.6849, p.751
(2) Davidoff, Frank et al.(2001) `Sponsorship, Authorship, and Accountability', JAMA, v.286, n.10, p.1232-34
(3) International Committee of Medical Journal Editors(2000) `Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals',
(4) Knight, Jonathan(2001) `Study Says Authors Are Adverse to Declaring Conflicts of Interest', Nature, v.411, p.3
(5) Smaglik, Paul(2001) `Medical Journals Seek Means to Free Authors from Industry', Nature, v.412, p.572
(6) Kassirer, Jerome P.(2001) `Financial Conflicts of Interest: An Unresolved Ethical Frontier', American Journal of Law and Medicine, v.27, pp.149-62

   
    名和小太郎   テキスト論(16 )                               トップペ−ジへ   テキスト論リストへ