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   記憶にありません      
   

   
                                                      『所報』(三宅合同法律事務所) 17号 1996年 
   

もう30年もたってしまったが、裁判所に証人として呼び出されたことがある。被告はある公営企業体。その土木工事によって自分の住宅に損害を受けたと地元の住民から訴えられていた。
 私を法廷に引っ張りだしたのは被告であった。被告は私にこう言った。損害賠償を支払うことは覚悟している。ただ、税金を使って事業していることもあり、原告の言いなりに賠償金を支払うことはできない。公平な裁判で決まった金額ならば、その支払いを納税者は納得するだろう。だから、あなたは私たち被告の立場を代弁してもらわなくともよい。あなたが真実と考えていることを、そのまま述べていただいて結構。
 なぜ、こんな呼び出しがあったのか。事件の発生当時、私は公害―ー当時は「公害」とい う日本語はなく、「パブリック・ニューサンス」という英語があっただけだーーの研究をし ており、この事件現場に調査のために出掛けたことがあったためだ。まさか後日、裁判に呼び出されるなどとは予想もしていなかったので、いつ、だれに会った、などという記録は残していなかった。
 呼び出しを受けたとき、私は若かった。好奇心もあったし、迷惑を受けた原告にいくらかでも助力ができれば、という気持ちもあった。
   
 当日、宣誓というものを生まれてはじめておこない、原告側の弁護士からいろいろと質問を受けた。
 「証人は、xx年yy月zz日に、原告の家を訪問しましたか?」
 「日時の記憶は定かではありませんが、この問題で現地調査をした記憶があります」
 「裁判長!証人はxx年yy月zz日に原告の家を訪問したと言っています」
 「ちょっと、私は現地調査をしたと言いました。現地調査をした以上、原告を訪問したことはあったかもしれませんが、その記憶は定かではありません」
 「証人は質問されなかったことについて、話をしないで下さい。ところで、証人はそのときに原告とこの事件について話をしましたか?」
 「だれとしたかは覚えていませんが、話をしたことは事実です」
 「裁判長!証人は原告とこの件について話をしたと言っております」
 こうして、私の証言は私の意図とは違って微妙に歪められはじめた。原告のために発言しようなどという当初の青臭い決心はとうのむかしに消えてしまい、もう、自分の発言を正確に表現することだけで精一杯であった。原告側の弁護士からみれば、私の発言は被告の利益を支援するものと解釈されるのは当然だったろう。それに思いいたらなかったのは、われながら、なんとも幼かった。
 これに気づいたあとでは、答えはたった一つしかなかった。「記憶にありません」と。
   
 この裁判の記憶を忘れかけたころ、政治の世界で大疑獄事件が生じ、このとき国会に証人として喚問された財界の大物は「記憶にありません」という返事をくり返した。この言葉はしばらくは流行語にまでなった。このとき、私はこの大物にちょっと同情した。かつて私をきりきり舞いさせた弁護士の面影を思い出したためかもしれない。
 この裁判のあと、私はロイヤーと議論することを避けるようになった。いまでも、そうしている。

   
    名和小太郎   テキスト論(2 )                          トップペ−ジへ  テキスト論リストへ  次へ  前へ